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朝冷えの雨降る暗き窓辺下 枯れ葉乱れて落ちつ哀しき (11月01日)(木)

 とうとう11月つまり霜月となった。16−22度C 曇り
 6時起床 8時30分 第55回 江戸川区文化祭美術展の搬入日であるので、タワーホール船堀へ行った。 9時 委員各位にご挨拶。 
 10時 財政援助団体ちゃいれっく西葛西の監査 10時20分 同マミーズハンド船堀 11時 キッズプラザアスク江戸川まつしま園の監査
 12時15分 退庁 13時 岩瀬氏と案件があって懇談(有明)
 15時 平井氏と案件があって要談(江東区内) 16時30分 石井氏 団野氏と要談(区内)
 18時 津田氏 古閑氏 三上氏らと懇談会(葛飾区内)
夜は書類 手紙 ビディオ 書類 歌集 単行本などの整理をする。
 

●1日午前1時50分ごろ、長崎市虹が丘町の山中で、同市の企画部長(59)が首をつって死んでいるのを長崎県警浦上署員が見つけた。
 同市は企画部長が報道機関の女性記者に対し、わいせつな行為をした疑いがあるとして、1日にも詳しい事情を聞く予定だった。
 
 同署によると、同日午前0時50分ごろ、部長の家族から「帰宅しない」と捜索願が出たのを受け、署員が捜していたところ、登山道脇の木の枝にネクタイをかけ、首をつっているのを発見した。
 遺書はなかったが、部長が知人らに自殺をほのめかすような言動をしており、自殺と見ている。
 
 市によると、部長は原爆被爆対策部長を務めていた7月下旬、同市内のホテルで女性記者にわいせつな行為をした疑いをもたれていたという。
 

●鳩山邦夫法相が31日の衆院法務委員会で、田中角栄元首相の私設秘書時代、米国防総省(ペンタゴン)から、毎月のように接待を受けていたことを明らかにした。
 事実上、米国の情報収集の協力者(スパイ)だったことを認めたもので、先日の「友人の友人はアル・カイーダ」発言と合わせて、大臣としての資質が問われそうだという。
 
 衝撃発言は、民主党の河村たかし議員の質問中に飛び出した。
 河村氏が日本の情報収集について質問していたところ、鳩山氏は指名もされていないのに突然、「委員長!」と手を挙げて立ち上がり、河村氏が「大臣、何ですか?」と驚いている間に、こう語り始めたのだ。
 
 「思い出を話させてほしい。私が田中角栄先生の私設秘書になったとき、毎月のように、ペンタゴンがやってきて食事をごちそうしてくれた。
 当時、私は金がありませんから『ウナギが良い』とか『天ぷらだ』などと言ってた。私は1円も払っていない」
 公式HPによると、鳩山氏は1972年3月に東大法学部を卒業、同年、田中氏の秘書となったとある。
 
 72年といえば、田中氏は5月に「田中派」を立ち上げ、6月に大ベストセラーとなった「日本列島改造論」を発表。
 7月に宿敵・福田赳夫氏を破って自民党総裁となり、第1次田中内閣を成立させた年である。
 同盟国である米国といえども、日本の最高権力者に登りつめ、「今太閤」ともてはやされた田中氏の表に出ない動向や心中、プライバシーについて情報収集するのは、冷酷な国際社会では常識といえる。
 
 米国の情報機関としてはCIA(中央情報局)が有名だが、47年に成立した国家安全保障法に基づき計15の省庁・機関で成り立っている。
 この中には国防総省も含まれており、現在では情報機関の人員・予算の大部分(約80−85%)は国防総省が握っているのだ。
 
 鳩山氏は発言後、
 「ペンタゴンは情報収集にお金をかけている。日本の外交や防衛も情報収集には(お金を)潤沢に回した方がいい」と真意を語ったが、国防総省のヒューミント(人間による情報収集)で、自分が協力者(スパイ)だったことを事実上認めたもので、お金うんぬんといったレベルの話ではない。
 
 政治評論家の森田実氏は
 「欧米では即刻更迭される発言だ。鳩山氏自ら職を辞するか、福田康夫首相が更迭すべきだ。
 これを放置すれば、日本政府に対する国内外の信用を失墜しかねない。
 先日の『私の友人の友人はアル・カイーダ』という発言もそうだが、鳩山氏は常軌を逸している。法相のような要職に就けるべき人間ではない」と語っている。

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