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求めない言うは易しも現実は 加島の言葉心にしみる (10月20日)(土)

 気温16−24度C 快晴 8時 案件があって大谷氏と要談(区内) 10時 境氏 山家氏と案件があって要談(区内)
 午後は 美術目録の整理 夜は小池百合子「女子の本懐」を読む。
 

●料亭の老舗「吉兆」の関係資料から見ると・・・・
 
 北大路魯山人は、書、篆刻、陶芸絵画、漆芸等、広い分野にわたって多くの見応えある作品をのこした。
 なかでも陶芸は器形、表現技法ともきわめて変化があり、しかも一作一作に彼のデザイン感覚がみごとに発揮されたものといえよう。
 
 魯山人陶芸の見どころの一つに、どのような形式のものにせよ、みごとな筆運びによる絵付があげられる。
 平面でも曲面でも、その形に合った線描や筆扱いが、作品をいかにも生き生きとしたものにしているのである。
 さらにこうした魯山人の表現を特色付けたのは、彼が自作を「雅陶」としばしば称したように、わが国の優れた古陶のうちに見出した美のエッセンスを、作品の形態や釉の扱い、模様の扱い等に意図的に取入れていて、全体として日本的な「雅味」の強調がみられることである。
 
 このお話は、祖母が大阪の畳屋町でカウンターの割烹料理店を営んでいた頃のお話です。
 魯山人はよくお食事にいらしていたといいます。
料金を払わずに帰り、数日後にはダンボールいっぱいの作品を送ってくるというのが、魯山人の支払い方法でした。
 近年では高額のつく陶器ですが、当時はまったくの無名であった魯山人。
 器の話から始まった長年にわたる魯山人との親交の中で頂いた 魯山人の器がいままだ残っております。
 その魯山人の器でお客様の大切なお時間を楽しんで頂きたいと思っております。
 
 近代の陶芸家の中で、魯山人ほど我流を全うした作家はいないといってよいだろう。
 彼の表現はあいまいな伝統観によるものではなく、文人趣味とも隔ったものであるし、西洋風モダニズムにいたっては片鱗すらうかがうことができない。
 ピカソと会っても一部の作品以外に殆んど興味を示すことはなかったらしい。
 彼の信じた日本美のエッセンスを終生陶の心とし、あくまで雅味を求める姿勢をくずすことはなかったのである。
 こうした彼の作陶と生き方に対する評価は今日さまざまであるが、近代陶芸の分野における特異な存在であったことは事実であろう。
 

●防衛省の守屋武昌・前事務次官(63)が、老舗防衛専門商社「山田洋行」の元専務(69)・昨年6月退社・らからゴルフ接待を受けた際、車で送迎を受けたり、ゴルフ場で偽名を使ったりしていたことが19日、関係者の話で分かった。
 山田洋行は昨年度までの5年間に装備品の納入で、同省から約170億円分を受注している。
 自衛隊員倫理規定は、次官を含む隊員が利害関係者とゴルフすることを禁じており、同省は今後、守屋前次官から事情を聴き、事実関係を調べる方針だ。
 守屋前次官は在職中に元専務から長年にわたってゴルフや飲食接待を受けていたことになる。
 
 関係者によると、守屋前次官は、ゴルフ接待の際、元専務の部下の運転する車で送迎を受けていた。
 妻と2人でゴルフ接待を受けることもあり、ゴルフ場の受付でプレーヤーの名前を記載する際には、夫婦ともに実名を使わず、偽名が使われていたという。
 こうした接待は、山田洋行のグループ会社が経営する千葉県いすみ市や埼玉県寄居町のゴルフ場で行われていた。
 回数は計100回以上に上るとみられ、多いときで毎週末、行われることもあったという。
 元専務は、接待費用を会社の交際費などとして計上していた。
 
 元専務は産経新聞の取材に複数回応じ、
 「守屋前次官とはゴルフもやったし、飲食もあった。仕事上、実務を一緒にやってきたから。
 倫理規定ができてからは回数が減った。前次官が偉くなって(出世して)からは声がかけづらくなった」
 「7、8年前の話。偉くなってからはやっていない」などと説明。
 守屋前次官は今年8月30日の退任会見で、
 「この(次官の)立場で答えるには、きちんとした対応をしたいので答えられない。
 職権を特定の人のために行使したことはない」と述べていた。
 

●バンコク発   パキスタン最大の都市カラチで十九日未明に起きたブット元首相を狙った自爆テロは、同国で伸長するイスラム過激派の脅威と治安の不安定さをあらためて浮き彫りにした。
 ブット氏支持者の間には自爆テロを防げなかったムシャラフ大統領への不満も広がっており、政治連携を交渉中の両者の間で、不協和音が高まる恐れもある。
 
 地元テレビによると、自爆テロの死者は百三十九人、負傷者は五百三十九人に達した。
 爆弾には金属球やクギが仕込まれており、極めて殺傷力が高かったことが治安当局の調べで分かった。
 ブット氏は同日、カラチで記者会見し、
 「これはわたしへの攻撃ではなく、民主主義に対する攻撃だ。
 われわれはこの偉大な国を武装勢力に引き渡すことはできない」とテロを厳しく非難した。
 
 また帰国前に国際テロ組織アルカイダやアフガニスタンの旧政権タリバンから脅迫を受けていたことを明らかにした。
 大統領報道官によるとムシャラフ氏はブット氏に直接電話し、
 「この状況を誰にも利用させるべきではない」と述べ、テロ一掃に全力を挙げる決意を伝えたという。
 
 しかし、両氏の間には今回のテロを契機に不信も強まっている。
 ムシャラフ氏は、今月六日の大統領選をめぐる最高裁の裁判で自らの当選が確定するまで、ブット氏に帰国を延期するよう忠告していたが、ブット氏はこれを無視して強行した。
 ブット氏が忠告に従わなかったとはいえ、事前予想された自爆テロをムシャラフ政権が防げなかったことで、PPP支持者には不満がうっせきした。
 カラチ市内の警察施設に投石を繰り返す騒ぎも起きている。
 
 ムシャラフ氏は当選が確定すれば、兼任する陸軍参謀長を辞任し、「文民大統領」として二期目の政権を担う意向を示している。
 裁判の結論は近く示されるが、パキスタン国内で横行するテロ対策を大義名分に、ムシャラフ氏が翻意する可能性も否定できない。
 

●名古屋競馬の女性騎手山本茜さん(24)が、所属していた厩舎(きゅうしゃ)の男性調教師(48)からセクハラを受け所属厩舎の変更を余儀なくされたとして、調教師に約550万円の損害賠償を求めて名古屋地裁に提訴していたことが20日、分かった。
 競馬関係者によると、現役の女性騎手が調教師を相手に訴訟を起こすのは異例という。
 
 訴えによると、山本さんは2003年6月に調教師に弟子入りし、調教師の厩舎で競走馬の世話など騎手の見習いを始めた。
 調教師は山本さんにたびたび抱き付くなどしたほか、今年1月には厩舎にある自分の住居に山本さんを呼び出し、
 「おれはおまえに全部を見せることができる」
 「おまえも包み隠さずに見せてみろ」などと裸になり、山本さんにも服を脱ぐよう求めたという。
 こうした要求を拒み続けてきた山本さんは同5月、厩舎を辞めさせられ、別の厩舎に移ったという。
 
 調教師は「性的な意味はなかった。訴訟の中で事実関係などを明らかにしたい」としている。
 山本さんは05年10月に地方競馬の騎手となり、今年3月、女性騎手としてデビューから最短日数で通算100勝を達成した。

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