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最上川鉄橋渡り脱線の 北の便りは衝撃の宵 (12月27日)(火)

 奥歯を抜いてガーゼを噛んでいると、良く話せない。

 昨日も歌人の沖ななもさんと雑誌の対談をしたが、冒頭で謝った。

 昨晩の畑さんとの懇談会も失礼ながら、ノンアルコールであった。

 歯は痛みも全然なく、出血もしていないので大丈夫である。

 それにしても全国の樹木をめぐって、旅をしてそれを短歌に読み上げている、沖ななもさんの生活ぶりは愉快であると思った。

 限られた人生の時間を、このような独自の「創造的」に生きていくことは、極めて大事なことだと思料した。

 

最上川さか白波の立つまでに 吹雪く夕をなりにけるかも

雁がねも渡らずあまの原 かぎりも知らに雪降り乱る

 いずれも斉藤茂吉の冬の歌である。

 鶴岡市に生まれた作家藤沢周平は、「冬は来る日も来る日も怒号を繰り返す海がある」

 「東京から帰郷する時は新潟周りの特急で日本海を眺め、その夕景に見とれる」と書いている。

 クリスマスの宵、最上川の鉄橋上で突風にあおられてで脱線転覆して死者4人を出した「特急いなほ」は、先日、私が乗るはずの電車であった。多分、最上川にはさか白波が吹いていたのであろう。

 

 1−8度C 晴れのち曇り 8時 散策するが、寒風吹き肌刺す。

 9時50分 小暮医院へ行く。健康診断を受ける。14時 黒田氏と案件があって懇談する(蒲田)。 

18時 案件があって中村氏、清田氏と懇談(有楽町・市河)

 19時30分 吉田氏、木ノ内氏とビジネスの案件があって要談(赤坂・むらかみ) 21時30分に終わって解散。

 赤坂見附の「コージコーナー」で懇談。


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