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プラザ合意失われしの二十年 金融政策回れ左へ (12月19日)(月)

 ホームページを開設して12月1日で満2年が経った。 専門家のシーズの椎橋氏の話では「コンピュータが重くなっている」と言うが、昨日も『遊人日誌』を更新していたら、消えてしまった。

 私の不手際だと思って、数ページの原稿を、記憶を頼りに繰り返し書き変えた。

 ところが、やっと書き終えたら,また消えてしまったのである。

これには訳が分からず困った。

 

 ホームページを開いて自分で入力している人ならば誰でも分かるように、せっかくひと仕事が終ったと思ったら、すぐに消えてしまったのでは、腹が立ってがっかりする。

 コンピュータの容量にも関係があるらしいが、原稿を沢山一気に書き込むと弾き飛ばされるらしい。

 なかなか難しいものだと思ったが、これでは,容量を大きくするのかそれとも、どこかの部分を削るより仕方がないことである。

 闇雲に馴れていないことを訳もわからずに行うと上手くいかなものである。

 

 戦後60年の今年は、プラザ合意から20年目でもあった。日本経済はバブルが発生して崩壊し、経済は破綻して日本人は得意の絶頂から失意のどん底に突き落とされて自信を失ったのである。

 それは,世界経済史にも特筆されるような事件であり,冷戦後の世界第競争時代に取り残された「日本の悲劇」であった。

 

 この「失われた20年」が漸く終ろうとしている。日本経済の景気も回復しつつあり,構造改革の嵐も通り過ぎてやっと「普通の国」に成りつつある。

 金融不安も消え株価も上向きになり、雇用も増え、デフレからも脱却しつつある。

 金融政策も曲がり角に来ている。連鎖的な失敗の後、極端に痛めた日本経済の後始末をどのようにするのか、日本銀行総裁の舵取りは極めて重要に成っている。

 

 晴 0-8度C 8時30分 トーヨー 8時50分 江戸川区監査委員室へ行った。

 来電、架電、来客、打ち合わせ 10時 磯谷収入役来訪要談

13時 退庁 協和自動車来訪(トーヨー)打ち合わせ。 16時 楠氏が案件が会って来訪要談(トーヨー)

 18時 歳末懇談会(区内) 大場、日下部、深見氏らと和やかに懇談した。

 20時30分過ぎに終了して解散した。


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