| <カレンダーへ戻る |
バックナンバー
|
| 国会で知らぬ存ぜぬ証言の 何時ものことでまた藪の中 (12月15日)(木) 姉歯秀次(48)元一級建築士、木村盛好(73)木村建設元社長、篠塚明(45)元木村建設東京支社長、内河健(71)総合経営研究所社長、小島進(53)ヒューザー社長が、この問題の中心的な登場人物である。 姉歯氏は違法性は認めたが、篠原氏から「鉄筋を減らさないと事務所を変える」と言われた。 「悪いこととは知りながら、偽造設計をした」と言う。 木村氏は「姉歯氏は良く知らない。偽装はまったく気づいてはいなかった」と否定したが、施工主が、構造設計士を知らないと言うことは可笑しい。 篠塚氏は「姉歯氏に鉄筋を減らす様に言ったが、法律を犯すとは考えていなかった」と言うが、これは、言い逃れである。 内河氏は「姉歯氏とは一面識もない。具体的な指示をするわけがない。 木村建設からも鉄筋を減らす相談を受けたことはない。我々は,経営コンサルタント会社であって、構造計算が出来る訳がない」と言っているが、かっては専門誌に、「今でも,場合によっては、この建物は延べ面積がいくら、鉄筋量がいくら、コンクリートがいくらと言うところまで計算して、設計の指示しています」と語っていた。 ヒューザーの小島社長は「圧力を掛けたことは全くない。構造がいくらなどと考えたこともなく、私どもに違法性はない」と話している。 問題発覚から約1カ月、「焦点の人物」と見られた人たちが国会に現れて証言したけれども、誰の言っていることが本当なのか、わっぱり分からない。 先だって三鷹駅付近へ行った。駅前広場は工事中で混乱していた。 傍に玉川上水があって、夏はうっそうと繁茂している紫陽花も枯草同様になり、ほとんど裸状態になっていた。 むらさき橋の手前百メートル位の場所が太宰治が入水した場所である。 まだ戦後の色濃い昭和23年6月のことである。なのとなく気になる場所で,私は、いつもそこに佇むことになる。 要件があってもう少し先の家に行くが、行きと帰りに立ち止まる。 3-9度C 晴 8時30分 トーヨーで打ち合わせ 8時50分 区監査委員室へ行った 9時30分 区立上一色小学校へ行政監査に行った 11時30分 帰庁 12時 小林氏 椎橋氏来訪コンピュータについての打ち合わせを行なった。 13時15分 二之江第二小学校へ行政監査に行った。 15時30分 帰庁 佐々木氏が来訪。 17時 案件があって、吉田氏、中山氏と要談(区内) 19時 江戸川第九を歌う会の役員会(区内)に出席する。 今年最後の役員会で、次回の「第11回江戸川鶴岡友好交流演奏会」を2007年3月11日と内定した。 大変に結構なことである。役員の意見は、次回の公演の演目は「カルミナ・ブラーナ」にしたいと言うことであった。 「江戸川第九を歌う会」会員には男性の会員が不足していて、これは中々難しい。 この問題を如何に解決するかであろうが、あまり運営面において無理をすることは、ボランティアの会では良くない。 会の終了後、歩いて帰ると寒さが足元から上ってきた。 |
|
|
|
| <カレンダーへ戻る |