| <カレンダーへ戻る |
バックナンバー
|
| 連日のように子殺しマスコミに 国の乱れてモラルなきまま (12月10日)(土) 皇太子の娘の愛子さんが、将来、元気ならば、日本国の女性天皇様になるらしい。 私は多分死んでしまっているから、関係ないけれども、そういうことになる。 そこで、私はイギリスのエリザベス一世(在位1558−1603)を思い出す。 生涯独身を通した人だが、イギリス史上の名君だったとされている。 「私は国家と結婚した」と言う言葉は有名である。国民は彼女のことを「処女王」と呼んだ。 25歳で女王に即位したときには、スペイン国王・フェリッペ2世の求婚を退けるなど国政への情熱は大きなものだった。 しかし、女王にはエリザベス1世の寵臣であったレスター伯爵ロバート・ダドリーとの間に密かに「隠し子」がいたという噂がある。 彼は名家の出身で、政治的にも優れていて、女王に寵愛されて出世して政権の中心にいた。 ダドリーには妻もいたけれども、そんなことにはお構いなくふたりは深い仲になった。 1560年9月、ダドリーの妻は階段から落ちて死んだけれども、じつはダドリーが女王の意向を受けて殺したと噂された。 しかし、女王はお構いなくダドリーを寵愛した。事の真相はともかくとして、そんな噂が立つようでは、女王とダドリーの結婚には、周囲の者が皆反対した。 更にその後、ダドリーの子供を妊娠して、密かに出産して、その子供はアーサー・ダドリーといって、「ダドリーの子」として育てられたと言う。 エリザベス1世が、生涯独身を通したのは当時の諸国の争いが激しくて、例えば、どこかの国の権力者と結婚すれば、その国と敵対する国ともイギリスが敵対することになるからである。 愛子さんの「夫」を一体何処から貰おうというのか、日本国の場合は外国から貰うと言う訳にも行かず、東京都職員の黒田産と言う訳にもいかず、戦後に臣籍降下した旧11家の皇族達の子孫なのか、今から多分20年後の大きな日本国民の間の大問題になっているのではないか。 晴れ 4−13度C 9時 市田さん宅へ行った。 11時 国際政経懇談会に出席した(キャピタル東急ホテル) 12時30分 昼食会 13時30分 総会・講演会 15時30分 分科会・討論会 17時 総会・総括報告会 18時30分 夕食会・自由懇談 20時 夕食会が終了して解散。帰宅。 夜は渡邊ヘンリー「冷えた女」を読む。 |
|
|
|
| <カレンダーへ戻る |