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日米の開戦記念日驚愕の 朝は遠き過去のものなり (12月08日)(木)

 今日は12月8日である。1941年12月8日、日本は、アメリカに戦争を仕掛けた。

 実に無茶苦茶な話であるが、本気で日本がアメリカと戦争をして、勝つと思っていたらしい。

 精神が異常な指導者に引きずられて、日本国民は戦争の悲惨な結果に落ち込んだ。

 

 1853年の夏、アメリカ人のペリー提督が浦賀沖にやって来て、徳川幕府に強く開国を迫った。

 ペリーは、そのときに、アメリカ大統領の手紙と2本の白旗を幕府の役人に手渡している。

 「日本が鎖国の国法をタテにアメリカとの通商、貿易を認めないのは天の道理に反している。

 その罪は大きい。もし承知しないのであれば、我々は武力でその罪を糺す。

 日本は国法によって防戦すれば良い。戦争になれば、こちらが勝つに決まっているが、降伏するときには、この白旗を立てよ。

 そうすれば、アメリカ海軍は砲撃をやめて和睦に応じる」

 

 結局、日本は、日本側は何の対抗もできずに、関税の額すら独自に決められず、又、外国人の犯罪を日本側で裁くことも出来ない一方的に不平等な条約を、アメリカと結ぶことになったのである。

 しかし、日本の指導者は、歯を食いしばって、たとえ不平等でも、国際社会の法則を守ってこの条約を守ったのである。

 国の軍事力がなければ、外国に馬鹿にされると悟って日本の指導者達は、日本を豊かな国にしたうえで、交渉で条約を改正しようと努力したのだ。

 この結果、明治維新が起こったと言って良いと思う。

 

 1941年12月8日に戦争を始めて、1945年8月に広島、長崎に原子爆弾を落とされて日本はアメリカに無条件降伏した。

 歴史的に見るならば、1853年のペリーも、1945年8月も、日米間の置かれていた当時の状況はあまり変わってはいない。

 今日は、日本が大やけどを負って大失敗した記念日である。

 

 曇り 7−14度C 9時 トーヨー 案件があって諸事相談。

 12時 木田氏が来て案件があって要談 13時 案件があって吉田氏と打ち合わせと要談。

 15時 佐藤氏、三田、菅野氏が来てビジネスの件で要談。

 18時過ぎにグリーンパレスへ行った。 18時30分から「江戸川区福祉ボランティア団体協議会・創立20周年記念式典」を開催した。 参加者220名の盛会であった。

 

 妹尾せつ子さんの司会で、冒頭、小生の挨拶。表彰式、多田正見江戸川区長から団体・個人・特別表彰。

 区長挨拶、橘家圓蔵師匠の話、古今亭志ん駒、橘家富蔵さんが参加してくれた。

 江戸川区議会渡部正明議長の挨拶と乾杯、そして、祝宴。

 鈴木国江さんの、鈴波会社中のお祝いの踊りがあって、20時40分に石川実行委員長の閉会の辞で終了した。

 グリーンパレスから歩いて帰った。思ったよりも案外暖かい夜であった。

 今日は房総半島でも初雪があったというが、東京は比較的温暖であった。


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