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茂太氏の語る思い出父の像 五十年経て今に鮮明 (11月27日)(日)

 主人公の「私」は、紅茶で湿らせたマドレーンを口にした途端に、まるでページを繰るように過去の自分を取り戻した。・・・・。
 
 人間の脳内では、嗅覚が情報の倉庫の鍵を握っているように思う。
 これは、マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」の中の一節である。
 匂いが記憶を呼び起こす現象を、ある人は「プルースト現象」だと言う。
 人間はタイムスリップを楽しむ習性があって、とくに、歳をとって高齢化すると、ことさら「過去」を思い出して楽しむことが好きになる。
 
 金木犀が匂うと、誰でも、思わず花の所在を何処だろうかと探す。
 秋の深まりとともに、朝晩の通勤路などで、ふと、このような金木犀の幻影を肌で感じることもある。
 金木犀は、江戸時代に中国の桂林から渡来した。甘い香りと黄金色にも見える輝きがある。
 銀杏と同じで、雄雌がある、日本には、雄しか存在しない。
 花粉を運ぶ相手がいないから、実を結ばない。孤独な香気が我々の気持ちを誘うのであろう。
 
 この夏の8月11日・18日号「週刊文春」の30ページ「ワイド大特集・私は現場にいた!」戦後六〇年重大事件の目撃者、を見たら私には、過去45年前の「幻影」を見た気がした次第である。
 
 私の歌集「パリ日乗」には、以下の歌がある。
五フランの昼飯を食み通学の苦しかりける思い出いまに
六〇年代は実存主義のの全盛時サルトル、カミュの論争激し
向かい側サンドとショパン住みし家いま図書館の事務所と残る
仏文科言語不理解難航のボードレールに日々に悩みき
パンテオン脇の我が家は古えにリルケが住みしアパートの前
 いずれも私の過去の「幻影」である。
 
 三島由紀夫の回顧特集番組を見ていて、なるほどと「青春時代を思い出した」と言う人がいた。
 これも過去の「幻影」というべきものであろうか?
 
 曇り 肌寒い 9時 案件があって木田葉子氏と要談(区内) 11時 下倉氏と案件があって要談(新小岩)
 14時 細田、宮川氏と懇談(区内) 17時 案件があって美濃田氏要談(区内)
 夜は、松本侑子「ヨーロッパ物語紀行」を読む。

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