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| 南北の統一目指し民族派 反米嫌日親北激し (10月09日)(日) 朝食が終わって部屋にいたら、鄭さんから電話があって12時にホテルに来てくれる約束をした。 ジャーナリストの鄭さんは、現在、テレビのコメンテーターをしている。 10時に友人の安さんが来た。安さんは日本名を安井と言い東京下町で飲食店を経営している事業家である。 ロビーのカフェテリアで1時間ほど懇談した。 同じ時刻にその場所に、江戸川明社の野村さんから携帯電話があった。 「来年の新年の日程のことで、打ち合わせしたいのですが」「今は何処においでですか? 区民まつりには、今日は来ませんか?」と言う。 私は、今、ソウルにいるとも言えないので、「今日は、遠方にいるから篠崎公園の江戸川区民まつりには行けません。どうか皆さんに宜しく言ってください」と言った。 不思議な世の中になったのものである。携帯電話とコンピューターとコンビニエンスストアが世界の人の日常生活を完全に変えた。 携帯型コンピューターを持ち歩けば、世界中何処でも同時刻に世界のあらゆる情報が手に入るし、自分のホームページに入力も出来る。 先日も携帯に電話があって、この時、私はサンフランシスコだったけれども、電話の相手は私がアメリカにいるのが、後になっても全然分からなかったようだ。 12時に鄭さんが来た。最近の韓国の情勢について話を聞いた。 軽い昼食をとったが、夜、もう一度会いましょうと言うことで、別れた。 18ー25度C 曇り 午後、私は、地下鉄に乗って昌慶宮へ行った。朝鮮王朝第四代宗大王が父の離宮として建てた。昌徳宮の隣だが繋がってはいない。 昌徳宮に行く。優雅な王朝の面影を残す15世紀初頭の離宮だが、ほとんどは、壬辰の乱(1592−98)で焼失している。現在の建物は復元された物である。 次に長安洞古美術品街を散策した。昔、ここで李正子さんの焼きものを購入したことがあった、今回は、王朝時代の白磁の壷に目が行った。 歩き回っていると、かなり疲れる。小休止しながら、地下鉄に乗って、ロッテホテルに帰った。 18時30分に鄭明さんが迎えに来てくれた。鄭さんの友人の雑誌社社長の金鵬蒼氏も同席してくれて、明洞の古い朝鮮レストラン「華豊」で懇談した。 21時頃に終了して解散した。私は夜風に吹かれてソウルの街を歩いてホテルへ帰った。 |
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