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東西の歌曲を唄い乃理子女史 今年の締めを果して乾杯 (12月27日)(月)

 京都の嵯峨野には、悲恋に泣いた女性たちの物語が数多く伝わっている。
 伝説に伝わる古跡も多い。平安時代、高倉天皇に愛された為に平清盛に憎まれて、嵯峨野に身を隠した小督局(こごうのつぼね)。
 一時清盛に愛されたが、後に疎まれて世の無常を感じて剃髪した祇王祇女が眠る祇王寺。
 横笛と滝口入道の悲恋物語で知られる滝口寺。野宮神宮は「源氏物語」野宮の舞台でもあり、六条御息所が許されぬ恋に迷った末に篭った宮として描かれている。
 女人たちの哀しい物語を偲びながら歩くと往時が彷彿とイメージされてくるのである。
 
 私は毎年、嵯峨野を訪れて『源氏物語』『平家物語』『枕草子』のなかの舞台を拝見することにしている。
 藤原定家が『百人一首』を編んだのも嵯峨野の山荘である。
嵯峨野は「習性(嵯峨)」と発音するが、人生の無情を映し出す土地柄でもある。
 江戸時代には芭蕉が弟子の向井去来の「落柿舎」に滞在して随想「嵯峨日記」を書いたことでも知られている。
 また嵯峨野は竹の生産地としても有名であって、古くから日本三大美竹林と言われていたと言う。
 
 天竜寺、大覚寺、化野念仏寺、清涼寺、落柿舎、祇王寺などを巡って、それらの庭に佇むのは気持ちがすっきりして良い。
 四季折々に平安貴族たちが、ここで春夏秋冬の趣きを楽しんだのであろう同じ場所に立って、風流に親しむのは貴重な時間である。
 
 インドネシアのスマトラ沖でマグネチュード9,0と言う大きな地震があって、スリランカ約1万1500人、インド約6000人、インドネシア約4900人など11カ国以上で約2万以上の死者、行方不明者が出た。
 緊急、突然に襲ってきた大災害であり、如何に自然災害が恐ろしいかが分かる。
 いずれ日本でも近年中に、東海地震が発生することが予想されていて、他人ごとではない。
 
 曇り冷気 5-10度C 9時 案件があって要談(船堀) 10時 案件があって要談(区内) 神田駿河台下に行き、三省堂を見る。
 13時 株式会社イーストプレスの株主総会に出席する(神田・如水会館)小林茂社長、かんき出版境社長、プレイン・ソレイユの門林氏等と会い懇談。
 14時30分ごろに終わって解散、JR御茶ノ水駅まで歩いて新小岩に到る。
 15時15分ごろに案件があって要談 16時30分 来客あり要談(トーヨー)
 
 18時30分 江戸川区在住の歌手、松崎乃理子さんのリサイタル(タワーホール船堀)に行く。 ピアノ伴奏は指揮者としても現在頭角を現している渡辺一正氏
 イタリアと日本の歌曲14曲以上を歌った。乃理子さんは低い声が良く出ていて好調のようであった。
 渡辺氏の伴奏は、細かい音が滑らかに表現されていて、上手な人である。
 ただし、聴衆の態度が悪くて、独唱中のデリケートな部分でやたらに咳払いや私語があったり、要らぬところで拍手をしたりしていた。
 聴衆の音楽的民度と素養が低くて、せっかくの雰囲気を壊していたのが残念であった。 
 乃理子さんは良く我慢していたと思う。
 
 閉会後、駅前の「コンパスポイント」で打ち上げの会があって、小生も末席を汚した。
 乃理子さん、吉岡繁氏はじめ10数人が出席した。佐々木氏や、北海道に住む乃理子さんの4歳下の妹の妃名子さんと、お嬢さんの恭子さん、乃理子さんの一人娘の有里さんなどと懇談して、23時過ぎに解散、帰宅。
 
●年の瀬の歌い終えたるこの会に 諸人集いて人情を知る
●往く年を惜しみてワイングラス挙げ 瞳輝き暖炉に映ゆる

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