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誕生日平成ならざる拾数年 バブル崩壊混乱破綻 (12月23日)(祭・木)

 さいはての駅に下り立ち雪あかり さびしき町にあゆみ入り行き
 
 しらしらと氷かがやき千鳥なく 釧路の海の冬の月かな
 
この二首は、啄木が釧路新聞記者として、最果ての釧路の駅にたどり着いた時の歌である。
 
 火をしたう虫のごとくにともしびの 明るき家にかよい慣れにき
 
 小奴といひし女のやわらかき 耳朶なども忘れがたかり
 
 死にたくはないかといへばこれ見よと 咽喉の疵を見せし女かな
 
この三首は、釧路の紅灯の巷、料亭「軍鶏寅(しゃもとら)」に通った時代に、芸者小奴とのかかわりの歌である。
 啄木の「一握の砂」の中に出てくる有名な五首である。
 
 ガス弾の匂い残れる黒髪を 洗い梳かして君に逢いゆく
 
 ヘルメット灰皿にしてる君の部屋 「反帝・反スタ」逆さに泣いてる
 
 「今日生きぬば明日生きられぬ」という言葉 想いて激しきジグザグにいる
 
 催涙ガス避けんと秘かに持ち来たる レモンが胸で不意の匂えり
 
 炎あげ地に舞い落ちる赤旗に わが青春の落日をみる
 
 共に生きし三年を消すただ薄く 白き紙なり震えつつ書く
 
 道浦母都子の「無援の抒情」からの六首である。1960年代には、こういう青春もあったのである。
 私よりも少し後の年代だが、私には懐かしいことで、この人も、もう50歳代後半でお孫さんがいるのだろうか?
 そろそろ定年の世代になっているが、今は何をやっているのだろうか?
 
 ニコヨンとどぶろく造りと担ぎ屋と 幼き日に見し朝鮮部落職業名簿
 
 日本の男はみな卑怯者弱虫と 日本の男のみ愛して知りぬ
 
 「朝鮮人朝鮮へ還れ」のはやし唄そびらに聞きて少女期は過ぐ
 
 「日本のおとこは恋うな」父の掌に いくたび姉もわれも打たれて
 
 国籍の壁越え得ぬば君の 弱さが憎しじっと目を伏す
 
 笑みかけてくる写真のきみを切り刻む この指先の逆流の音
 
 言葉忘れし民に滅びのみありき 滅びたくなしハングル習う
 
 在日二世の李正子の「鳳仙花のうた」からの七首は、激しい感情が表面に表われている朝鮮人のやるせない民族的な歌である。
 
 今日は71歳の天皇誕生日である。申し訳ないが、あまり感動は浮かんで来ない。
 小学校高学年からアメリカ人の事実上の捕虜になって、少年時代は、アメリカ人女性の家庭教師に自由教育をされて、憲法上日本国の「象徴」にされた。
 父君は元「神」だった。圧倒的なカリスマ的存在感があったが、父は戦争に負けて「神」から「人間」になり、激動の時代を63年間も在位されて、長命だった。
 
 父の影になってしまって、まったく存在感のない言葉は悪いが「高等遊民」みたいな存在だったが、夫人の美智子妃は国民的な人気者だった。
 父君の死によって、平成になってあっと言う間に16年も経ってしまった。
 我々が天皇誕生日と言うと4月29日だったが、これが、12月23日に変わり、時代の変化を痛切に感じるのである。
 
 現在日本国民の80−90%位が、多分「天皇制」を支持している。
 皇太子に男の子供が生まれないので、「女性天皇」を認めることになるだろうが、日本国の国力も少子高齢化で、人口が減り、労働人口も微減して行く。
 国の形態も変わっていくだろう。平成があと何年間続くのか分からないけれども、政治、経済を含めて国のあり方、国民の意識が大きく変わって行くだろう。
 当然、皇室の生き様も亦変化して行くだろう。「天皇誕生日」にさまざまなことを我々は、考えるのである。
 
 晴れ 8時 来客あって要談 午前中 身辺整理 13時 案件があって要談(区内)
 15時 ウラジミール・ミシュクのピアノリサイタル(江戸川区文化センター)
 ミシュクはロシア人で、1990年に4年に1回開かれる第9回チェイコフスコー國際コンクールで2位になった人気ピアニストである。
 パリ、モスクワ、ミュンヘン、サンクトペテルブルク、日本フィルなどと共演している。
 ベートーヴェン「月光」 ドビッシー「月の光」 ショパン「ノクターン」 リスト「ラ・カンパネラ」など。
 吉岡、深江、中村氏らと観賞する。ピアノの調律が良くないらしいと言う話題が出た。
 17時過ぎには終了して解散した。 留守中に中津川氏夫妻が皇居の帰りに来宅された。
 
 夜は原稿の整理、浅井隆「いよいよインフレが来る!」を読む

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