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日々毎に稽古に励て手習の 生るも死すも自己の器量に (12月16日)(木)

 Here's looking at you,kid.・・・・
that's so long ago,I don't remember,・・・・
 藤原道綱の母は「ちいさき人には手習い歌詠みなどを教えて・・・」と言い、正法眼蔵では「稽古のおろそかなるなり、慕古到らざるなり・・・」と言う。
 
 五十になろうが、六十になろうが、お稽古事の楽しさは変わりがない。
 「大人の手習い」は、その道の第一線で活躍する達人達に現代人にふさわしい手習いの心を講釈してもらうのが大事だと思う。
 先の英語は、映画「カサブランカ」のなかで、昔を懐かしむ酒場の親父のハンフリー・ボガードが、昔の恋人で亡命者の妻のイングリッド・バーグマンと再会して、ヨリを戻しそうになって「君の瞳に乾杯!!」と言うせりふである。
 後のほうは、「そんな昔のことは覚えていないね!!」と仲の良かった別の女性を振る時のせりふである。
 
 名画と言われるもののせりふを憶えこんで、たまに反復してみるのも面白い。
 でも人前でそれを言うのは「キザ」と言うものである。
 
 師走にしては暖かい晴れ 8時30分 トーヨー 9時 監査委員室へ行った。
 9時30分 区立清新第二小に監査に行く 他の監査委員が皆、用があって私一人の監査になった。
 13時15分 東小松川小学校に行く。 ここは私の母校である。六十年も前の昭和17年4月に私はこの東小松川国民学校に入学した。当時の面影は何ひとつ無いけれども、場所は同じところである。
 初代近藤伍平校長先生で、1年1組の担任は上岡彦四郎先生であった。
 昭和23年3月に卒業した時の校長先生は、二代の古谷亀寿先生であった。
 故中里喜一元江戸川区長も、若い頃の古谷先生に船堀小で教わったのである。
 懐かしくて両先生の写真に黙礼した。初代父母の会長が私の親父松保であった。
 校庭に蓮田を作っているので見せてもらったが、60年前は全部蓮田であった。暖かい午後であった。
 
 18時 江戸川区監査委員事務局の忘年会(葛西・メランジェ)4監査委員と事務局員。
 終了後、葛西駅前のカラオケに行った。22時30分帰宅。

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