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曇日に拉致被害者の声ぞ聞く 哀き師走夜のTVに (12月12日)(日)

 日本国天皇の先祖は、「大和朝廷」だとすると、当時の最も力があったある地方の豪族の長が、他の勢力を次次に圧倒して、権力を握り、地方を統一した。
 これをさらに拡げて、やがて大きな地域を制して、その勢力部分が次第に大きくなって、とうとう「国家」を形成した。
 これが、「日本国朝廷」の始まりであると我々は理解している。
 
 話は変わるけれども、所謂「北朝鮮」は、正式には「朝鮮民主主義人民共和国」と言う。
 この国でここ十数年間、絶対的に権力を握っているのが、周知の通り金正日である。
 彼はどう言う男かと言えば、金日成の息子で、親父が指名した後継独裁者である。
 
 それならば、金成日と言うのはどんな人間かと言うと、これは、まったく正体不明な伝説の中の「抗日パルチザン・ゲリラ」の一人であった。
 日本軍に追いまくられて、当時の満州にも居られずに、完全にソ連の配下にあった金日成は、年齢も20歳そこそこで、まだソ連軍部隊の大尉であった。
 金正日は、ソ連極東部ウラジオストック郊外で、1942年に金日成大尉の息子として生まれている。
 
 日本が戦争に敗れた結果取得したソ連が、北朝鮮を占領するについて、是非とも、傀儡政権を打ち立てるために必要だったのが「金日成大尉」であった。
 ソ連のスターリン首相は、若者の金日成をただ利用しただけのことだったが、その後、朝鮮戦争が始まってからは、この様相が一変した。
 ソ連にとっても中国にとっても、北朝鮮は、ライバル・アメリカとの冷戦上防波堤として極めて重要な存在となったのである。
 そこで、両国は、徹底的に軍事・経済援助を繰り返し続けて、ソ連・中国の重要な衛星国に北朝鮮は、なり上ったのである。
 
 金日成首相は、自分の独裁体制を強め、競争者や反抗者を次々に残酷に虐殺して自分の個人崇拝を強めていった。
 そして、自分の息子であるの金正日を後継者として指名した。
 同時に金日成は、独裁者として「チェチェ思想」なる馬鹿馬鹿しい教義?を強制的に国民に押し付けて来た。
 
 1994年7月8日に、金日成は死亡した。
半世紀間も、独裁主義で個人崇拝の世界でも珍しい国家経営を続けて来たものの、特に「経済」では完全に行き詰まった。
 何とか自分の体制だけは維持しつつ、金正日は命を長らえたいのだが、国家体制自体は中々そうは行かない。
 はたして、うまく行くのか、ここ数年が踏ん張りどころになるだろう。
 
 米ソ冷戦に間で、20数年前、日本人の子供を大勢拉致して、対韓国工作で色々と下らない小細工をしたけれども、これがバレた。
 しかも現在では、韓国との和解と共存も進んでいる時代である。
 中国も韓国も、自分たちの国の利益の都合で、現在の金正日独裁体制は何とか維持したいと思っているから、金正日の生命だけは、今後も長らえることになるが、自ら北朝鮮自体の国家体制の方は、次第に崩壊をして行くのではあるまいか?
 
 暗い曇り 9時 来客 12時 案件があって出かける要談(区内)
 16時 案件があって要談(区内) 18時 案件があって要談(区内)
 夜 島田修二「冬音」「草木国土」を読む。

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