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バグダッド親の気持を子は知ず 日本騒がし最悪結果(10月31日)(日)

 やはり当然のことながら、イラクのバグダッドへ風来坊旅行していた、自殺希望者の福岡県の香田某君がアルカーイダ一味と見られる暴虐なテロ実行犯グループらしき者どもに殺された。
 何にも関係のない家族達には何ともお気の毒な話であるが、仕方がない。
 こう言うことになったので、多分、今後はバグドッドなどの「戦争地域」に出かけていく「馬鹿者野郎」は無くなるだろう。
 
 生まれて、生きて、老い、そして死ぬ。人間平等に訪れる出来事である。
 だが、それをどう感じて、どう対処するのかは、その人や、生まれた国によって、かなり異なる。
 日本人の「死生観」はどんなものか? 考えてみた。
 
 日本人は、昔は死を運命的に考えて、従容として静かに受け入れる姿勢が確立されていた。
 日本人は、死を怖がると言うよりも悲しむ。ある意味では、親しむと言う感じ方があったと思う。
 しかし、近年、日本人の死に対する考えかたが、かっての日本人とは大分変わって来たようだ。
 
 歌人の西行は、「よりよき死」を生きた人で
「願わくば 花のもとにて春死なん その如月の望月のころ」
死ぬのは、桜が満開の旧暦春2月の満月の夜が良い、と詠ったこの歌は有名である。
 実際に西行が死んだのは、1190(建久元)年2月16日の河内国、弘川寺で息を引き取った。
 西行はその日に向かって、断食をして死ぬ準備をしていたらしい。
 
 ところが、現代では西行とは、違って死ぬ事を先延ばししよう、避けようという傾向が目立つ。
 人々は何とか老化を遅らせよう、と必死になっているようで、「生」への執着が、ことさら強くなって来たように見受けられる。
 これは「国の為に潔く死ぬ事が美徳」と言う、かなり偏った昔の軍国主義時代の死生感に対する反発かも知れないが、「如何に生きるのか」だけを追求されているように見受けられるのである。
 
 かっては「人生50年」と言われた。この時代には、働いて働いてつい気が付くと、もう目の前に「死」があった。
 ところが「人生80年時代」になったので、人生で2-30年の空白期間に遭遇することになった。
 それに如何に対応するのかについて、見取り図のモデルもないのである。
 
 そこで「死」をまた何となく遠ざけてしまう傾向が生じている。
 人間には、どうしても避けて通れない「生老病死」がある。「如何に生きるかと言うことは、如何に死ぬかと言うことにつながる」と言うことで煩悩を絶って絶対的な静寂に達した「涅槃」と言う「テーマ」が表面化して来ている。
 
 現在は「仏教ブーム」だそうだが、ある意味では、「死を自覚して」主体的に考えようといている時代になったのかも知れない。
 これまで高齢時代の人生観は「不安」と「懐疑」と言う言葉で語られて来たが、これからは、「不安」や「懐疑」を乗り越えて「如何に死を考えるか」と言うことを模索する時代に移り変わったのかなと思うのである。
 「生と死は通じ合っている」
 
 最近、時々私も「天の声」が聞こえてくることがある。いつまで健康でいられるのか、いつ地震や交通事故に遭うことはないか。
 「お前はいつ死ぬのか」、「今お前は死ねるか」と言うこともあって、「今すぐは困る」と答えているが、「いつ死ぬか」と言うことは、「如何に一生懸命に生きるのか」と言うことと向き合っているのである。
 
 朝から切り絵制作 13時 第52回江戸川区文化祭書道展表彰式に出席して、江戸川区文化会長賞授与(タワーホール船堀大ホール)
 14時過ぎに退席して 14字30分 案件があって要談(区内) 16時 帰宅 制作 部屋の整理をする。

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