| <カレンダーへ戻る |
バックナンバー
|
| 日本一西武勝利に新潟は 余震続きて寒さ激しく(10月25日)(月) ある会合に行って、挨拶をしてから急いで退席したら昼の弁当とジュースを紙袋に入れて下さった。 お礼を言ってから、丁度お腹が空いたところなので、車の中で弁当箱を開けて頂いた。 ジュースもあったので、ストローも箱についていたから、一気に吸い込んだ。 びっくりして吐き出しそうになって、良く見たら赤い箱がこれが清酒「月桂冠」だった。 私が毎日飲んでいる「黒酢」の赤い箱と同じで、これは間違えても当然だった。 最近は、可笑しな包装をするものだと思った。 近年の沖縄の有り様を見ているとオペラの「蝶々夫人」を思い出す。 これでは、何時までたってもピンカートンの存在は、なくならない。 しかし、沖縄に行って良く話を聞いて見ると「米軍には駐留していてもらいたい。沖縄は観光だけでは、とても食えない」と多くの人が言っている。 日本ののマスコミが言うように「反戦反政府反基地闘争」では自分の生活が出来ないことを良く分かっている。 「沖縄は、TVで宣伝されているような夢の島ではないね。一年中暑くて住んだら大抵嫌になる」と沖縄の人が私に言っていた。 「本州から、ヤマトンチュウは、たまにやって来るから良いだけなんだ!!」 「日本の政治家は、皆『ヤクザ』と関係がある。公共事業は全て『ヤクザ』が関係していますね」と、アメリカのジャーナリスト、ジョージが私に最近、言っていた。 「そんなことを言うが、本当に君は分っているのかね?」と私は聞いたが、来日して10年だと言う彼は、有名月刊誌「フォーブス」の日本語版編集長である。 彼の書いた原稿による発信で、世界中に日本のニュースがマスコミに乗る。 彼の言動は、日本人から見るとかなり偏ったものだと思うが、 これが「日本の実態」だとして、配信されて、途中で何の訂正も修正もなく、世界中に伝わるのである。 私は長いこと「週刊金曜日」と言う雑誌を読んでいる。これなどは、かなり偏った人たちが編集発行しているが、私には大変参考になる。 反米、反政府、反自民の自称「リベラル万歳!!」の雑誌で、本多勝一、佐高信、筑紫哲也、椎名誠、落合恵子氏が責任編集している週刊誌である。 編集者の顔ぶれを見れば、その週刊誌の内容を見なくても、想像が付くが、私にはことの外、参考、勉強になるから嬉しい。 「反面教師」の役割を立派に果たしている。 最近単行本を読んで分かった事だが「モーニング娘」は、1997年4月、オーデションに9000人が応募してきて、飯田圭織、安部なつみ、福田明日香、中澤裕子、石黒彩が初期メンバーになった。 1998年3月、5000人が応募して、安田圭、矢口真里、市井沙耶香が加わった。 99年6月には、1万1千人の中から後藤真希。00年1月には2万5千人中、石川利華、吉沢ひとみ、加護亜衣、辻希美。 01年6月には25827人の応募者の中から、小川麻美、高橋愛、新垣理沙、紺野あさ美が、02年10月には12417人中、道重さゆみ、田中れいな、亀井絵里が加わってきた。 途中でいろいろな子が脱会していて、「さくら組」と「おとめ組」に別れて活躍しているが、今後の活動については「もはや日本全国を席捲するようなスーパーアイドル集団としての役割は終わった」そうだ。キワモノ的なアイドルの活躍する時期は誠に短いものである。 晴 新潟地震の大きな被害が、予想よりも大きい。余震も激しく影響が出ている。 日本は地震帯の上にある。150年前の安政元年には、東海、南海地震が連続して起きた。 そして翌年には直下型江戸地震が発生している。日本に住む人にとっては、地震は他人事ではない。 「もしや、もしも」の時に備えて 、十分な準備をして行くことが大切である。 8時30分 トーヨー 8時45分 江戸川区監査委員室 打ち合わせ 10時 例月出納検査 11時 監査委員協議会 13時 江戸川区エコセンター 子ども家庭支援センター ピノキオ幼児舎 パオパオクラブ の視察を行った。 夜 加来耕三「後継道 日本人ののDNA」を読む。 テレビで日本シリーズ 西武対中日戦を見た。西武は3回2死3塁から佐藤が幸運な内野安打で1点、さらに1,2塁にフェルナンデスのヒット、敵失で2点。ドミンゴをKO、続いてカブレラが2ランで5点。6回にも敵失で1点、7回には平尾のソロで加点した。 先発石井は、6回を3安打無失点の絶妙な好投、長田、松坂、豊田と繋ぎ、最終回連打から2点を豊田が失ったが、逃げ切った。 西武の13安打2ホーマー7点に対して、中日は7安打の単発では、どうにも勝負にならなかった。 このシリーズ、西武が2勝3敗から盛り返した第6戦が流れを変えた。 松坂の力投で8回、2四球で2死1,2塁に追い込まれたが、伊東監督はマウンドの松坂に歩み寄って「一発は食わないように、落ち着いて投げろ」とアドバイスした。 松坂は「交代される」と思ったと言う。松坂は低めの球で苦手に谷繁を2ゴロに打ち取ってピンチを切り抜けた。 伊東監督は「松坂に賭けた」と言ったが、エースを信頼して勝ち抜いた。 このシリーズはこれで第1戦以降 西武2−0中日 中日11−6西武でタイ 西武10−8中日 中日8−2西武でタイ 中日6−1西武で中日が王手で有利 西武4−2中日で再びタイ 第7戦の決勝戦で西武7−2中日で西武が1992年にヤクルトを破って日本一になって以来12年ぶりに優勝した。 中日の落合監督は、1954年に天知監督が杉下投手を擁して日本一になって以来50年振りの優勝を目ざしたが、ついに成らなかった。 MVPには1,7戦に先発して13回を無失点で投げとうした石井貴が選ばれた。 これで、今年の日本のプロ野球ゲームは終わった。 |
|
|
|
| <カレンダーへ戻る |