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秋台風梨栗秋刀魚真納鰹 新米合着菊文化祭 (10月09日)(土)

 銀行と言えば大昔は大変に信用があった職種であった。就職先としても、嫁入り娘の婿探しでも常に上位にあったと思う。
 UFJ銀行本部が家宅捜索された光景を見ていると、正に世の中は大変革したなと感じる。
 金融庁の検査妨害をしたり、証拠隠滅、書類廃棄などの隠ぺい工作をして、内部職員の垂れ込みの電話から、不正がばれて東京三菱FCとの半ば強制的統合に押し込まれる事になった。
 
 身から出たサビで止むを得ないことだが、それにしても組織的であり、誠にひどい内容である。
 銀行の社会的信用は地に落ちた。05年4月からは、日本も欧米並みにペイオフ解禁になる。
 国民はそれぞれ自分の預金は自分で守らなければならなくなった。 当たり前の事だが、日本も欧米並みになる。
 
 私自身も昭和56年から十数年間にわたり、東京都内のある信用組合の最高責任者として、下町の零細企業者の生活と、現実の生き様、 そして、バブル経済の崩壊と、その後の人間社会の生き地獄を見ながら生きてきた。
 そこで見たものは、人間の我欲、人間の弱さ、醜さ、汚さ、利己主義、排他主義であった。
 人間と言う動物の愚かさ、動物社会とあまり変わらない人間社会の茶番劇であった。
 
 今、自分の人生を振返ってみると、人間が人生を生きると言う事は、「喜劇」であり、まったくの「茶番劇」であると分かったのである。
 特に真面目に、真剣に生きていこうとすればするほど、「喜劇」の度合いが大きくなると言うことが分かった。
 人間は、自分のことは無論のこと、人のことには案外無関心である。
 そして真面目に生きようと思っている人ほど、自分の回りの事が何も分からなくなっているのだと言うことを知った。
 
 バブルの崩壊で私は、自殺した人を何人も見ているが、極めて真面目に生きようとした人たちであった。
 いずれも、気楽に、どうとでも成れと心を強く持つ事が出来ない気の毒な人たちであった。
 10年前、三和銀行の審査部長といえば、エリートであったが、今は犯罪者である。正に喜劇である。
 
 今は昔、ブッシュは、大量破壊兵器があると言って、イラクを攻撃し、破壊した。
 「実はありませんでした」と認めた。こんな茶番劇ならば、サダム・フセインは何故最初から最後まで査察に応じなかったのか、とうてい訳が分からない。
 フセインのふたりの息子も、多くのイラク人もまったくの犬死になった。喜劇と言うほかは無い。
 
 大儀の無い戦争を起こして、多くの無辜の人間を殺したブッシュは米大統領は、絞首刑になっても当然ではないか、このことを良く考えてみると、正に喜劇であり、茶番劇であることが明らかである。
 アメリカ大統領選挙は、11月に行なわれるが、これなどは正に「喜劇」であり、「茶番劇」そのものだ。
 
 大昔「オイルショックが来た。大変だ」と言って日本中が大騒ぎした時、1バーレル2−3ドルだった。
 10年前に石油高騰乱世の時代には、10ドルだった。これが今、53ドルだ。しかも誰も大騒ぎしていない。
 これが喜劇、茶番劇でなくて何であろうか?
 
 7日に行った、静岡県の富士霊園の「文学者の墓」には、この世の中を、面白い「喜劇」の巷、「茶番劇」の世界と捉えて多くの作品群を後世に残した、文人たちの墓がある。
 「板碑」に私の名前も赤字で書き込まれたが、いずれ死ねば「黒字」で彫りこまれて、死亡年月日と年齢と代表作品名とが記入される。
 この間亡くなった、水上勉氏の「板碑」ものもあったような気がするが、人間は誰でも死ぬまで「喜劇」に生き続けて「茶番劇」を演じて、やがて死ぬと言う宿命を負っていると理解したのである。
 
 台風22号は今年最大の台風だそうで、関東地方に上陸した。朝から雨が降り続いているが午前10時ごろにはいったん降り止んだ。友人と懇談の約束をしていたが、中止する事にした。
 台風は、神奈川県南部から東京湾を通過して千葉県南部を通り、東北から三陸沖に抜けた。
 午後4時ー6時30分頃が最高の降りになった。土砂降りでバケツをひっくり返したような物凄い大雨になった。
 
 仕方ないので、一日中パソコンに向かい原稿の整理、雑誌の整理などをする。台風一つごとに秋が深まっていく。
 夜 ジェイソン・バーク「アルカイダ ビンラディンと國際テロ・ネットワーク」を読む。

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