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| 快晴の背に青富士を意識して 文学者苑墓参終りぬ (10月07日)(木) 人間は必ず死ぬ。死ねばゴミになり捨てられる。しかし捨てるにも作法がいろいろとあって、普通は壷に入れてコンクリートの箱の中に収めるのが現代の一般的なやり方である。 日本文芸家協会の「文学者之墓」に、私は自分の名前を彫りこんでもらったので見に行った。 静岡県駿東郡小山町大御神と言う、東名高速御殿場ICから20分くらいの、国道246号から入った、富士山がよく見えるところに、広大な230万平方メートルもある財団法人「富士霊園」がある。 この大公苑の一画の丘陵の雑木林の中に「日本文芸家協会・文学碑公苑」がある。 既に600人以上の文学関係者の名前が、石碑に彫字されている。 菊地寛、川端康成、司馬遼太郎、井上靖、江藤淳など有名無名の文学者の名前が並んでいるが そのなかの一部に、私の氏名も彫字されているのが、どうなっているのか分からないので見に行った。 赤字で「小久保晴行」と彫られていて、代表作品名を死亡年月日と死亡年齢は空白になっている。 私の板碑は、第7期で一番左の2列目である。板碑の前がカロートで、開けると骨壷が4-6個入るようになっていた。 私の名前の周りの氏名は、皆、赤字彫りの名前だが、やがていつかは皆、黒字となり、自分の名前も死亡して黒字になるのだと思った。 この霊園には「文学者之墓」のほかにも、慰霊堂、満鉄留魂碑、碑林公苑、医師会墓苑、ゼノ記念碑などの他膨大な一般墓地が広々とした公苑墓地に点在している。 12時30分から、埋葬・参拝・献花・墓前祭があって、100人くらいの人がいて、私も参加した。 快晴で恵まれた午後で、ゆっくりと公苑の中を歩くことが出来た。 16時30分には、バスで渋谷駅まで送ってきてくれて解散。18時 案件があって要談・食事(有楽町・外国特派員クラブ) 夜は朴一「変貌する韓国経済」(世界思想社)を読む。 |
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