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| 響きあり上野の森にタクトふる 小沢征爾が凱旋オペラ(10月06日)(水) 編集者の吉崎透さんから、去る9月24日にインタヴューした許世楷台北駐日経済文化代表処代表の草稿がFAXで来た。 月刊「カレント」11月号掲載の「この人に訊く」『険しい国際情勢を生き抜く台湾』と言うタイトルの記事である。 台湾の将来を担う「憲政改造」、中国の軍事力増強は世界の脅威、民主化で迎えられた駐日代表、中国は中国・台湾は台湾である、などの小見出しがついている。 台湾独立運動の指導者であった許氏が、許氏を長年にわたって弾圧し、パスポートまで取り上げてきた、東京の「台湾大使館」の最高責任者として、私のインタヴューを受けてくれるとは、10年前には 、到底考えられなかったことである。 時代が急激に変わったことを、これほど象徴している事柄は無いと思う。 許氏は1934年、台湾の彰化市に生まれ、台湾大学卒後に日本留学、早稲田大学政治修士、東京大学法学博士。 津田塾大学名誉教授、台湾独立建国連盟日本本部委員長・主席。 その間に帰国は一切許されずに、仕方なく日本に長期滞在したのである。 1990年代の李登輝元総統による「台湾の民主化」によって、ブラックリストが解除されて、総統府に迎えられた。 そして、04年7月には台北駐日経済文化代表処代表「台湾大使」に就任した。 不撓不屈で、偉大なる「台湾民主化のリーダー」であり、台湾独立運動の闘士、羅福全前代表へのインタヴューに続いて感銘の深い対談となった。 吉崎さんには、直ぐに草稿は校正して送り返した。 11月9日に、江戸川区立松江幼稚園創立50周年がある。その記念誌に原稿を依頼されて、送った。 最近、この依頼原稿の字数が、編集上少ないので増やしてくださいと言われた。 書き足そうにも、元の原稿がどこかに行ってしまって無くなっていて 、何を書いたかも忘れた。 探し出して来て 、どうにか役に立ったようだが、昨日起こったことも 、直ぐに忘れる。 先日、多田江戸川区長も、まったく同じことを私に言っていたが、数日前のことでも、すぐに思い出せなくなって困る。 第一、前のその原稿がどこへ行ったかすら分からなくなるのである。 これは 、ボケたと言うことではなくて、自分が極めて多忙だからだと、自分で自分に言い訳している。 「外務省の職員は 、5千人、自衛隊20数万人、警察官20数万人、何故40万人の公務員じゃないと郵便局の仕事は出来ないのか」と小泉首相は強調する。 「法案審議で反乱が起きるのは必死だ。最終的には衆議院解散、総選挙と言う事態もありうる」と山拓補佐官も言う。 「解散」を連発して、郵政民営化に先制パンチをくらわせようと言う意図がありありである。 来年度予算の中の、新規国債発行額を減額して、36兆6千円以下に抑えることで、小泉首相と谷垣財務相が一致したらしい。 当然 、社会保障関連費の伸びの抑制になるだろう。税収が4年振りで伸びているから、これを振り当てるようだ。 いずれにしても、1千兆円に達すると言われている国と地方とを合わせた債務と政府保証債などの膨大な借金の返済については、焼け石に水の状態である。 夜来の雨が上がって快晴である 8時20分にはトーヨーへ 8時30分 区へ 9時 みずほ銀行小松川支店公金課長小野氏が来庁、05年4月に実施される金融機関のペイオフについて説明を受けた。 14時 退庁 船堀のタワーホールで開催中の江戸川区の姉妹都市、オーストラリア・ゴスフォード在住の画家、スティーブ・ウッドベリー氏の作品展を見に行く。 17時 案件があって要談と食事(上野駅・寿司常) 18時30分から小沢征爾氏指揮のウイーン国立歌劇場日本公演、オペラ、モーツアルト作曲「ドン・ジョバンニ」(二幕)を観賞した。 1787年10月29日プラハで初演、台本ロレンツオ・ダ・ポンテ、ティルソ・デ・モリナ「セビリヤの色事師」。 モーツアルトの有名な二大オペラの一つで、1786年12月にモーツアルトは「フィガロの結婚」も初演されている。 希代の色男、スペインの貴族ドン・ファンがモデルだと言われているが、このドン・ジョバンニが口説き落とした女性は、2065人と言う事になっている。 周知のように、神を恐れぬ放蕩者、悪人とされるドン・ジョバンニが没落して、地獄へ堕ちて行く過程を描いたオペラである。 モーツアルトの死後、19世紀に入ってからワグナーを初め多くの音楽家達が「ドン・ジョバンニ」を無類のオペラ作品を認めて研究するようになった。 ゲーテもキェルケゴールも深く作品の中の出来事を考えたのである。 芸術上の謎の多い人物の典型として、ドン・ジョバンニを挙げることも少なくない。 「悪魔的誘惑者」「性と官能の体現者」「超人的存在」「実存的反抗者」と変貌して行ったドン・ジョバンニは、21世紀の我々にどのようなメッセージを送っているのか、もう一度考えてみたい。 堂々たる小沢征爾氏の晴れの帰国凱旋指揮であった。しかし、カーテンコールで観客の大歓声にこたえる小沢氏が、体格の良い男女歌手たちの中で、まるで子供みたいに小さいのが、非常に印象的であった。 22時に終演。 23時40分頃 パソコンをしていたら、地震があった。震度4で震源地は茨城県だと言うことであった。 |
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