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鳳仙花人皆死ぬ日待ちたれど 風薫る夜生暖き影 (09月06日)(月)

 どんな人間にも「死」がやって来る。それは明日かもしれないし、何年か先かもしれない。
 人間は、誰でも自分の「死ぬ日」が来るのを待っているのである。
 人間の一生は、如何に生きたかが問題である。少数の名の知られた偉大な人生もあり、無名の平凡な人生もある。
 普通、圧倒的多数の人間の人生は、平凡そのものであって、あまり摂るに足りない参考にもならないものである。
 
 しかし無名の人生でも、その生きた人生の内容が貧しいものだったかどうなのか、それは他人には到底分からないことなのである。
 平凡な人間が短い一生のなかで、如何に生きたか、如何に悩んだか、何を成したかを知る事が、未だに生き残っていて、「死」を待っている私にとっては、学ぶべき事が多くあると考えている。
 
 志村喬演じる、どこかの区役所か市役所の土木課長は、定年を前にした、文字どおり平凡、無為で、他人から「ミイラ」と影口で称されている、どこにでもいるつまらない「マンネリ・サラリーマン」であった。
 しかし、胃の具合が悪くて医者に見てもらったところ、自分に「末期の胃がん」が発見されたことで、急に人間性が変わって猛烈に仕事に情熱を燃やし始めた。
 
 周囲の者は、彼の豹変にびっくりするけれども、住民からかねて陳情されていた、市内の小公園の建設に余命を賭けて働く。
 小雪の降る夜、ついに完成した小公園のブランコにひとり乗って、あの「ゴンドラの歌」・命短し恋せよ乙女黒髪の色あせぬ間に・・・を歌う志村喬の姿が非常に印象的で、憶えている日本人は多いことであろう。
 黒澤明の作品の一こまであるが、一人の無名な役人の「生と死」が実に鮮やかに描かれている、不朽の名作日本映画であった。
 
 歌人の北原白秋は江戸川区小岩に、昔住んでいたことがある。白秋の旧家『紫煙草舎』は、江戸川の向こう側の市川市の里見公園に現在置かれている。
 ●君かえす朝の敷石さくさくと 雪よ林檎の香のごとくふれ
 ●しみじみと涙して入る君と我 監獄(ひとや)の庭の爪紅(つまぐれ)の花
 
 爪紅とは鳳仙花のことである。花の形が中国の伝説の動物・鳳凰に似ているためである。
 この汁で爪を染めたことから「爪紅」と言う。貝原益軒は「花譜」のなかで「魚の肉の如きものを煮るに、子を数粒入れれば柔らかくなる。魚の骨ののんどにたちたるにこの実を服すれば、しるしあり」と由来を書いている。
 実は、この歌は白秋が、隣家の人妻と通じて「姦通罪」に問われて、市ケ谷未決監獄に収監されたときに詠んだ歌である。
 明治44年、白秋27歳の時の事であった。
 
 歌人吉野秀雄は 
 ●これやこの一期のいのち災立ち せよと迫りし吾妹よ吾妹
  と、死期が迫っていた自分の妻から「情交」を迫られたことを詠んでいる。 
 歌人前田夕暮は 
 ●ともしびをかかげて見守る人々の 瞳は注げ我が死に顔に 
 ●雪の上に春の木の花散り匂う 清清しさにあらむ我が死顔は
  と自分の死に際して遺詠している。
 昭和26年4月20日67歳で死亡したが、「私の死顔」を題する作歌ノートを残した。
 
 ●行えなく月に心のすみすみて 果ては如何にか成むとすらむ
 ●願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月の頃
 と言うのは西行法師の世に良く知られた歌である。
 ●散る花は数限りなしことごとく 光をひきて谷に行くかも
 上田三四二の死を巡る歌である
 ●生き急ぐほどの世ならじ茶の花の 遅れ咲きなる白きほろほろ
 馬場あき子の作品である。
 どの歌人たちも内面的な生活の感受性は、非常に大きく深くて後世の者達にとって、これらの「無常観」はじつに大きな影響を受けていて、自らの人生のためにそれぞれ大変に参考になると思う。
 
 朝 曇りのち晴れ間あり 23-31度C 残暑あり 8時30分 トーヨー 8時40分 区へ 打ち合わせ。
 10時30分 案件があって「わらび座」の山本幸恵さんが来て要談 幸恵さんはS大文学部の出身で、本来は哲学をやりたかったと言っていた。
 「わらび座」の関東事務所の勤務で、営業拡大にかかわっているが、これからどのくらい続くかどうか、私の周りにはこう言う形の「蛙みたいな若い女性」が少ないので面白く見守っている。
 
 14時 上野和彦氏が私の同僚の日下部義昭氏を訪ねて来た。上野氏は、東京都都市整備局職員から、来年の東京都議会議員選挙に立候補する予定の方である。
 退庁 15時 案件があって要談(区内) 
 
 明るいうちに帰宅して、外灯の電球が切れてしまったので、高いとこにあるのに、危なっかしい脚立に乗って取り替えた。
 ところが自動式なので、夜になって暗くならないと、私が取り替えた電球が有効なのか、点かないのかどうなのかも、良く分からない。心もとない話である。
 この待っていたのは2時間位の僅かな時間だったが、人生の先行きを待っている人間の姿を反映しているようで、まるで自分で実体験しているように、私には思えた。
 やがて暗くなった。お蔭で無事に電燈がついた。暗い空の下の庭石に長く伸びた影が揺れている。残暑の風は生臭い。
 夜は比嘉康文「沖縄独立の系譜」を読んだ。
 
 ●鳳仙花ひと皆死ぬ日待ちたれど 風薫る夜生暖き影

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